71連隊のイマーム:ガリーポリ戦役の目撃者

71連隊のイマーム

 

 

多くの若者が祖国を守るためにガリーポリで戦死したが、71連隊のイマームであるムスタファー・メムドゥーフは、祈りをささげる兵士たちの魂をとどめたり、兵士たちが冥府に旅立つのを見届けるという辛い仕事を実践した。彼の物語は収集家セイット・アフメット・スライ氏によって明るみに出たのだ。

 

 

 セイット・アフメット・スライ氏は、以前ガリーポリ戦役での第10師団所属の第71連隊のイブラヒム・ナジ中尉の話を取り上げたことがあるが、連隊所属のイマームであるムスタファー・メムドゥーフの話を紹介している。

 

「彼はほとんどの困難な職務を遂行しました何百人もの若者が殉教者となるのを彼は見ました。彼はガリーポリの戦い戦いによる厳しさを最も間近で見た人の一人なのです。」とセイット氏語った。

 

セイット氏はメムドゥーフのおかげでイブラヒム・ナジの日記を見つけたのだが、事実としてメムドゥーフはイブラヒム・ナジと連隊の大尉ベドリーを埋葬したのだという。

 

「メムドゥーフがベドリー大尉が持っていたイブラヒム・ナジの日記を見つけ、亡くなったイブラヒム・ナジ中尉の遺族に返したのです。」と説明した。

 

 

 21歳の中尉であるイブラヒム・ナジはガリーポリで第10師団の71連隊に配属されたが、日記帳の最初の1ページ目に自分の名前とイスタンブールベシュクタシュ地区の家族の住所を書き、戦闘でもし彼が死んだらこのノートを見つけた人にこれを家族に渡すように頼んでいたのだ。

 

 最後の書き込みは1915年6月21日で「私たちは敵と交戦した。何百万発の砲弾と小銃弾が発射された。私の隊の伍長(兵士の階級)は負傷した。さようなら。」と書かれている。

 

 イブラヒム・ナジが祖国のために亡くなった後、ベドリー・エフェンディ大尉は彼の家族に日記を返還するために保管したのだ。

「私が埋葬したナジは、熟練の兵市だったので私と連隊内の兵士にとっては取り返しのつかない喪失だ。これは私と連隊にとって単なる喪失ではない、わかるかい?」

 

ベドリー大尉はナジの死後、彼について日記に書いている。

 大尉も12日後に戦死したが、イマームであるムスタファー・メムドゥーフは大尉の戦死について日記に書き足した。後に彼はイブラヒム・ナジの最後の意志を実行し、イスタンブールの家族に日記を渡したのだった。

 

 

 セイット・アフメット・スライ氏の活動のおかげでこの日記は98年後に明るみに出たのだ。
日記に関する書籍は何百万の人の目に触れ、トルコ人はガリーポリの戦いで戦死した若い中尉の物語を知ったのだった。イブラヒム・ナジの研究に続いて、スライ氏はこの日記に最後の書き込みを行ったイマーム ムスタファー・メムドゥーフの足取りをたどった。

 

 スライ氏はムスタファー・メムドゥーフの親族と親しい友人に会って彼について調べたのだ。
これは、ガリーポリで大きな悲しみを目撃したイマーム ムスタファー・メムドゥーフの物語である。

 

 

 リゼのヘムシン地区で1880年に生まれ、ムスタファー・メムドゥーフは陸軍でイマームとして従事した。
厳しい時代でオスマン帝国は週末へと向かっており帝国は周り中の国々と戦争に突入した。メムドゥーフは、最初71連隊のイマームとしてガリーポリに配属される前は、バルカン戦争で任務を遂行していた。

 

 彼の任務は兵士の士気を高め、精神的な強さを保つことだった。しかし、もう一つ辛い仕事があったのだ。若い兵士に敬意を払いながら、安らかに眠るよう彼らを横にしたのだった。

 

 彼は戦死した兵士たちの遺品を集め、できる限り家族のもとにそれらを返したのだった。
メムドゥーフは戦争が激化するにつれて毎日兵士を埋葬したのだった。彼の困難な任務を実行しつつ、兵士たちの精神の安定に努めたのだ。ガリーポリ戦の後、他の戦線が彼を必要とした。

 

 

 メムドゥーフはコーカサス戦線に配属された。彼は任務中に捕虜となったがアルメニア人を先祖にもつオスマン帝国の市民の助けを借りて捕虜収容所から脱出したのだった。

 

 彼は自宅に戻ったが、祖国はいまだ戦火の中にあったのだ。ムスタファー・メムドゥーフは今回はトルコ独立戦争に参加することを決めたのだ。
彼は幾多の戦争で人生の15年間を祖国のために捧げたのだ。ついには、彼はバルカン戦争、ガリーポリ戦役、独立戦争での際立った働きにより3つの勲章を得たのだ。

 

 戦後は記録保管人の仕事に就いたのだが、保管庫の書物から虫よけに使うDDT(殺虫剤)粉末により、彼の視力は悪くなってしまったのだ。
不運にも、人生の最後に向かうにつれ、視力を失ってしまったのだ。1967年に彼は亡くなり故郷のリゼに埋葬されたのだった。

 

 

 イブラヒム・ナジの日記に書かれた彼の記述を通じてムスタファー・メムドゥーフの話を明らかにしたスライ氏は、メムドゥーフは歴史の深みに埋没している多くの英雄の一人であると語っている。

 

 イブラヒム・ナジの日記を出版した後スライ氏はメムドゥーフの親族にやっと会うことができ、勲章を獲得した従軍イマームの写真を公開することができたのだと語った。

 

 メムドゥーフはガリーポリでの体験については語らず、「彼はガリーポリ戦役については言及しませんでした。私は彼が昔の思い出に触れることができなかったのではないかと考えます。」とスライ氏は語った。

 

 

 ベドリー大尉の情報収集のため、スライ氏は、国防省のアーカイブ図書館同様、参謀本部軍事史戦略研究所で研究を行っている。

 

「私はベドリー大尉の家族を見つけ出そうとしています。日記の中で唯一実現していない部分だからです。神のご加護により、ベドリー大尉の話も明らかになり、彼は歴史の中の薄汚れたページに書かれた単なる数字や名前ではなくなることを願っています。」

「今日我々が生きていられるのは、戦場で命をささげた人々のおかげだということを忘れないようにしましょう。彼らが恐れたことは忘れ去られてしまいました。」とスライ氏は話を終えた。